天皇弥栄(すめらぎ いやさか) 慶應義塾大学講師 竹田 恒泰
第4回 天皇を政治利用する政治家と官僚
■皇室を弄ぶ政治家たち
皇室典範の議論で政治家と官僚が公に「陛下の御意思」を語る場面が見られた。政治に「陛下の御意思」を利用するとは、その真偽に関わらず厳しく非難されなくてはならない。小泉総理は平成18年2月3日、記者団が「皇室典範改正で皇室の意向は聞いているのか」と質問したのに対し、「有識者会議で聞いておられると思う。直接ではなくても。賛成、反対を踏まえての結論だ」と発言し、法案は皇室の意向を踏まえたものとの認識を示した。
また「週刊新潮」平成18年2月9日号によると、武部勤幹事長は1月17日夜に行なわれた、全国都道府県議会議長会と自民党三役との懇親会で「(皇室典範改定)法案は今国会で絶対に成立させなくてはならない。これは陛下のご意志だ」と発言したという。しかも、有識者会議を統括する責任者である細田博之国対委員長も「女系は陛下の御意思」と吹聴して回り、議員たちに圧力をかけていたといわれる。
それだけではない。これは私が安倍元総理から直接聞いた話だが、皇室典範議論の喧しい官房長官時代、有識者会議の運営に関わる責任ある官僚から「陛下が秋篠宮に第三子を希望されたところ、秋篠宮がこれをお断りになった」という情報がもたらされた。しかし、その直後に秋篠宮妃御懐妊の報道があったという。安倍氏はその官僚を呼び出して「もし君の情報を信じて法案を上程していたら、どう責任が取れるのか」と強く叱ったようだが、それは当然だ。総理・幹事長・国対委員長・官僚が揃って「陛下の御意思」を振り翳したのであり、皇室への政治利用は確信的であろう。
■捏造された論旨
では、果たして「陛下の御意思」は確かなのか。もしこれが捏造なら大変な問題である。官房長官ですら個別に天皇の謁を賜ることは困難であることから鑑みるに、与党の幹事長・国対委員長、まして実務を担当する官僚が直接大御心を確かめる手段は無い。
皇族として唯一皇室典範問題でご発言遊ばされた寛仁親王殿下は次のようにお書きになっていらっしゃる。「(陛下が)具体的に、女系を容認せよ、とか、長子優先とか、そうおっしゃる可能性は、間違ってもありません。陛下はそういうことをおっしゃる立場にありませんし、なにより非常に真面目なご性格からしても、そのような不規則発言をなさることはあり得ないでしょう。」(文藝春秋平成18年2月号)
また、ある神社関係者が有識者会議メンバーの一人であるY氏から次のような話を直接聞いたという。それによると、Y氏が別件で陛下の謁を賜った時、お人払いをお願いし内々に「皇室典範に関する陛下の真意をお伺いしたい」と申し上げると、陛下は一言も御意見を示されず、ただ「国民が決めたことに従います」ということを仰せになったという。しかも、有識者会議がいよいよに詰まった頃、Y氏が再び参内する機会があり、同じ事を申し上げると、やはり同じように陛下は御意見をお示しにならなかったというのだ。
■綸言汗の如し
政治に直接お関わりにならない陛下のお振る舞いこそ、立憲君主国における天皇の在り方ではなかろうか。「綸言汗の如し」という。昭和天皇は生涯を通じて、立憲君主国における天皇の在り方を神経質なまでに貫徹遊ばされた。天皇陛下は御即位の大礼に当たり先帝の御姿を継承されることを宣言遊ばされた。陛下が法案について具体的に御意見を発せられないことは、至極納得のいくものである。
政治家と官僚が揃って口にした「女系天皇は陛下の御意思」というのは、全くの出鱈目だったのである。まして「天皇の御意思」はその真偽に関わらず、軽々しく政治に利用すべきではない。