天皇弥栄(すめらぎ いやさか) 慶應義塾大学講師 竹田 恒泰
第10回 古事記を取り戻せば日本は輝く
■トインビーの予言
「十二、十三才くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」
これは、二十世紀を代表する歴史学者であるアーノルド・J・トインビー(一八八九―一九七五)の言葉である。民族の神話を学ぶことは、民族存立の要件であるというこの言葉は、現在の日本にとって重要なことを示唆しているのではないか。
我が国が連合国の占領下にあったとき「歴史的事実ではない」「創作された物語に過ぎない」「科学的ではない」などの理由で、『古事記』『日本書紀』(最後の文字をとって「記紀」と称する)は「学ぶに値しないもの」とされた。それだけではない。それらは、日本が軍国主義に向かった元凶とされ、さも有害図書であるかのような扱いさえ受けてきた。
日本の若者が日本神話を知らないという異常事態は、わが国の建国以来、経験したことが無い未曾有の危機と言わねばならない。
■連合国の占領の目的は唯一つ
記紀を封印し、国民の意識の中から抹消することは、日本の無力化を意図する連合国の対日戦略であることにそろそろ気づくべきだろう。連合国の日本占領の最大の目的は「日本が二度と再び欧米に対して戦争を起こさないように、骨抜きにすること」だったはずだ。
すなわち、連合国は日本人と日本神話を引き裂くことによって、近い将来日本人が日本人の精神を失い骨抜きになること、すなわち「日本民族の滅亡」を意図していたのである。連合国は実に痛い所を突いてきた。日本神話を教えないだけで、兵士の命を失うことなく、しかも武器弾薬を使うことさえなく、確実に日本民族を滅亡に導くことができるのである。
そのうえ、日本神話を教えないという戦略は、一見民族の滅亡を意図しているとは思われない。日本は「百年殺しの刑」にかけられたようなものである。
■ゆでガエル症候群
生きたカエルをゆでようと煮立った湯に入れても、カエルは鍋から飛び出してしまうという。生きたカエルをゆでるには、熱くない内にカエルを鍋にいれて、徐々に加熱しなくてはならないらしい。このことは「ゆでガエル症候群」と呼ばれている。
もし連合国が、占領期間中に皇室を廃止し、政府を解体し、あらゆる神社仏閣を焼き払い、公用語を英語に切り替えるようなことをしたら、日本人は強く反発したことだろう。本当に一億人が竹槍を持って戦った可能性もある。
しかし、神話を教えないという方法は、同じ結果を導くにも関わらず、その意図が分かりにくいため、日本人はその意味を理解することができず「ゆでガエル症候群」にかかったまま、長年放置してきた。
■神話を知ることに意義がある
神話というものは、必ずしも史実だけが書かれたものではない。『ギリシャ神話』『旧約聖書』をはじめとする世界の主な神話には、史実とは思えない物語の数々が収録されていることは多くの人が知るところだろう。
ところが、近代合理主義の権化ともいえる米国は、対日政策とは裏腹に、しっかりと子供たちに神話を教え込んでいる。米国では『聖書』を知らなければジョークの多くは理解できないといわれる。「史実ではない」「科学的ではない」などという理由で、神話を学ばなくてよいということにはならないのである。日本人なら、好き嫌いの前に、日本神話に何が書かれているかは、知っておかなくてはならない。地震と台風の震災に見舞われた今年、大和心の価値を見直す動きが顕著になった。古事記を読むことは、その最も近道ではなかろうか。
平成二十四年は古事記千三百周年に当たる。来年こそ、国民が古事記との縁を取り戻す最後の機会になるのかもしれない。あと二十年もしたら修復不可能になるだろう。しかし、まだ間に合うと私は思うのだ。